ウルトラヒップ Ultra-Hip

Last night at the Roxy

またひとつニューヨークの老舗クラブがクローズする。1979年、18丁目にローラーディスコとしてオープンした「Roxy」は数カ月後にビルごと取り壊されることになる。
「オープン当初、ロキシー(Roxy)にはそれなりのルックスや知名度がなければ入場できなかった」「言わばローラースケート式のスタジオ54(Studio 54)だったよ」と、1985年にクラブを買い取ったジーン・ディニーノはいう。
ディスコとローラースケートが時代遅れになった当時、すでにシラキュースでクラブ経営をしていたディニーノは名前を「10.18」と改名。彼はラテン・ヒップホップをフューチャーし、リトル・ルーイ・ヴェガ(Little Louie Vega)やデヴッド・モラレス(David Morales)らがターンテーブルを回した。
ワックスの塗られたフロアはブレイクダンスに最適で、ヒップホップのバイブルとも言えるフィルム「Beat Street」も「Roxy」で撮影されている。
1990年エイズの流行が下火になり、ゲイ・コミュニティーが再び活発になる頃、ディニーノはクラブ名を「Roxy」に戻した。土曜の夜のゲイ・パーティーのプロモーター、ジョン・ブレアは「それはゲイ・ナイトライフの復活だった」という。毎回2千人前後を集めた彼のパーティーはブームになり、街に移ってきた人間や観光客らがパーティーを常にフレッシュにした。
「Roxy」には多くの有名人も訪れ出演しているが、1999年から土曜のゲイ・パーティーでDJをしているピーターは2002年の12月8日にオノ・ヨーコが訪れたことは忘れられないという。
「彼女はDJブースに来て、ジョン・レノンを悼みたいというんだ」「70才になる女性が彼の命日の朝4時にゲイ・クラブに来て彼の死を悼んだんだ」「みんな彼女の言葉にやられてしまったよ」とピーターは笑っていう。
土曜の夜のゲイ・パーティーは来月から20丁目の「Avalon」に移る。もともと「Limelight」があったその建物は文化財に指定されたために再開発からは免れている。
13 Mar 2007

Ultra-Hip

ウルトラ・ヒップな話題を紹介します。